愛犬 クルミの死 「悲しみからいのちへ」

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 年の瀬、すべての仕事に段取りがつき、家族で時間を過ごしていた。

 自宅へもどどりスイミングにでかけた。

 泳いでいる最中に妻からの電話。すぐ携帯にかけたら、妻が泣いている。

「・・・くるみ・・死んじゃった。」突然の内容に声がでなかった。

 くるみとは、くるみ色をした愛犬ダックスフンド。

 4年間我が家の家族のようだった。いつも膝の上に寄り添い甘えた。

 先日、クリスマス前に赤いセーターを着せクリスマスを家族で祝い

 フェイスブックにはクルミの写真で挨拶を贈ったところ。

 自宅の家の前で、飛び出してはねられた。自宅の前には真っ赤な血の後。

 警察に発見され、すでに保健所へ。

  昨日の夜は、妻もこども達も泣きに泣いた。

 涙の中、みんなをリビングに呼んで、聖書のマタイ5章4節を読んだ。

「悲しんでいる人は、幸いです。その人たち、慰められるから。」

 山の上で語った Jesusイエスの言葉だ。

 悲しんでいるものに、イエスは、幸いだと言った。

 なぜなら、悲しみの中でも慰めてくれていのちへ導く方がいるからだ。

 なぜ、イエスがこのことばを語ることができたか?
 
 新約聖書を読むと、イエス自身が、十字架にかかり、裏切られ
 
 人間の痛み、裏切り、呪いを受けたとある。

 にも関わらず、無罪だった彼は、十字架の上で「彼らを赦してください。」と

 愛のことばをかけたというのだ。

  そして、聖書の最後黙示録を読むと「涙をイエスはむぐい去ってくれる。」

 とある。父親として悲しむ家族にかけてあげるメッセージがあること。

 慰める方に心を向けてあげることができること。何よりの助けだった。

  祈った後で、小5の息子が、「家族のありがたさや支え、神様の

 存在がこんな大きいことがわかった。」と笑顔になった。

 くるみは死んだが、我が家族は、沢山のことを学び成長したと思う。

 このブログを読んで、悲しみにいる人がいたら、聖書を読んで、

 人間で届けることのできない魂に、神の慰めを受け入れてもらえたらと思う。

 悲しみは、無理せず消えていくから。
 
 


















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